どうも、そいる塾長です。
2007センター試験国語問題より 「送り火」堀江 敏幸
この「送り火」という作品は堀江敏幸氏の短編集「雪沼とその周辺」に収録されております。
残念ながら、この「送り火」、センター試験では全編が掲載されておらず、作品中の回想シーンのみの掲載となっております。なんでタイトルが「送り火」なのかは全く意味不明のまま解かなければいけません。(影響はありませんが)
とっても幸せな場面で問題文は終了しており、その先を読まなければ「変てこなプロポーズ」のお話で終わってしまいます(笑)生徒はだいたい「なんじゃそれ」って突っ込みますね。
ところが問題に掲載されていないその”前後”を読むと、「まさかそんなことがあったとは!!!!」…と驚くような衝撃的な展開が。ただ今回の問題を解くうえでも重要なテーマをしっかり押さえておくと全部つながる面白い作品です。
是非入試が終わったら読んで頂きたい作品。というか続きを読んでほしいセンター小説ランキングトップ3に入るなと。
出題に関して
「墨の匂い」と「名」というキーワードで絹代の心情変化を見事に導いていくところなんかは、その独特の感性と文体もあいまって、読んでいてグイグイ引き込まれます。
そしていわゆる入試物語文の読解練習にぴったりと言える構成。個人的にこの「送り火」はセンター試験の第2問、いわゆる物語文の問題演習においても私が最初に指導する問題となっています。
問1の語彙問題しかり、問2の人物設定の問題しかり、問3問4で作品の根底に流れるテーマを問う問題しかり、問5の表現を尋ねる問題しかり、センター物語文のすべてが凝縮されています。(ちょっといいすぎか!?)
あと時間軸と問題との整合性を取らないといけないところなんかもセンターらしいっちゃセンターらしい。ただこれは良い意味でも悪い意味でもです。
半分の問題は選択肢の吟味というどちらかというと解法が重要なだけで大したことは尋ねていません。あくまで問題設定が凝っているだけというか、”読む”ことにはさほど高度なレベルは要求されません。
基本的な表現について理解しているか、論理的な推論ができるかどうか。
ま、そのおかげで「物語文は得意~」っていう感じの中途半端に国語が得意な高校生がよく”爆死してくれる”問題(笑)
物語に関しては読めることと解けることは別ですよっていう典型問題です。読めるっていうのもどこまでを言うのかというのがあるんですがね。
読めているという前提でも選択肢の吟味を怠ると死ねます。丸付けして初めて戦慄が走る感じかな。
一方で、問3問4で尋ねられている作品の根底に流れるテーマを読み落とすようではこの小説の素晴らしさの一欠片さえ伝わらないであろうなと。というかそれがこの問題に未収録の部分へも大きくかかわるわけです。
こういう人は小説読んでも楽しくないはず。なんとかこの問題を解説することで、国語が苦手な生徒に文章を上滑りするだけではなくもう一つ深いところを読む力をつけさせてあげたいなと常々思っております。
この力がなきゃそりゃあこういう小説なんて読まないよなと。
やはり小説はその根底に流れるテーマを読み取ってはじめておもしろいものなのでね。もちろんそれを読み取った後の解釈は人それぞれで全く問題ないんですよ。そんなところを尋ねてくる押し付けがましい国語の問題はない(あってはならないと思います)
問題も載せておきますので興味がある方は是非どうぞ。
読書感想文
雪沼とその周辺」ではそのタイトル通り架空の地「雪沼」が舞台となった短編集。
今この日本にどれだけこの「雪沼」のような土地が残されているのかわかりませんが、決してそんなに過去ではない現在、しかし時代に取り残されたようなノスタルジックな町が今作の舞台。
※出版も2003年なのでそこまで古い時代設定ではないはずです。(え?2003は古い?orz)
寒い冬の日に学校から帰ってきたあと、こたつに滑り込んだときのような体がじんじんするような気持ちよさを味わった気がします。
お酒に例えるなら、私の大好きなインディア・ペール・エールビールのような感じ。苦味はしっかりしていながら後味はスッキリ。
IPAは、苦くてさわやかな香りがして、アルコール度数が高い。味の特徴は、苦い、強い、旨いといった感じ。IPAはビールの中でもかなりガツンとくる苦さがある。そのくせ、その後で爽やかな柑橘系の香りが来て後味に苦さはあまり残らない。苦いのに爽やか、そんな不思議な旨さを持ったビールであると言える。そんな味だから、IPAはお酒が苦手な人や、苦いのが無理という人にはお勧めできない。ビール好きがハマるタイプのビールだ。
引用:苦い、強い、旨い!IPA(インディアペールエール)のすすめ。より
生徒向けのブログで酒に例えてどうすんだ…コーヒーの苦みでええやんね。
やっぱり一流の作家さんが紡ぎ出す言葉ってほんとにすごいなと思い知らされます。言葉に力があるというか、短いたった一文でも100倍位の内容が頭に飛び込んできて心をガシっとつかまれてしまうですよね。濃密ってやつです。
そんな文章書いてみたいな(笑)
わたしの場合、国語は全国一位だったぁぁぁとかいつも言ってますが、これは指導する際にちょっと箔をつけるためだけであって決して自分自身の読む能力が別段高いわけではないと思っています。
どうでもいい話ですが、私は本を読むとき、水泳をしているような感じになります。
読んでいるときにも息継ぎのタイミングみたいなのがあるんですよ。この堀江さんの文体は私の息継ぎのタイミングがぴったりあうんですね。こういう時は驚くほど頭に入ってくるんですよね。
逆にこれが合わないと目が滑るといいますか…。そういうのが問題で出題されると苦痛です。あの作家さんとか、あの作家さんとか…。結構います(笑)文章の難易度とはまた別の話で。
わたしの場合こういう感覚が好きな文体か苦手な文体かを決めているような気がします。でも、このブログでは出来る限り入試の出典作品を扱うという名目で、苦手な作品にも挑戦しようと思います。
時代に取り残されたものたち
この作品に「悪意なるもの」は皆無です。そういう意味では読後感はほんと爽やかなんですがね。ただ登場人物がほとんどおっさんやおばさん。登場人物に爽やかさはゼロ(笑)
だからこそ染み出してくる哀愁といいましょうか。若者が都会に出てしまって…的なことなのでしょうか。とにかく雪沼には若者がいない(笑)
若者は”よそ者”という扱いでしか出てきません。この対比がよりいっそう時代に取り残された感じを強くしているのかもしれません。
雪沼という土地だけでなく登場人物のおっさんたち自体が時代に取り残されたような存在となっています。
会社が倒産してしまったサラリーマンに、CD全盛期のレコード屋。野心ゼロの定食屋に、町工場のおっさんなどなど…。「送り火」の陽平さんもしかりかな。
そして彼らが使っている「道具」の描写がこれまた素晴らしい。これらも同じく時代遅れのいわゆるヴィンテージものばかり。作者の堀江さん自身がこういう古道具を愛しているのは容易に想像できます。
入試現代文でも何度か目にする「身体論」でよく扱われるテーマなんですが、「道具」って身体の延長と言うか、魂が宿る的な感じですよね。
使い込まれた道具ってすんごく美しい。
そんな登場人物の魂の宿った”道具”たちが目の前に浮かぶような描写がいたるところでなされており、それがまたその登場人物の輪郭をはっきりとさせてくれるような感じがいい。
この道具の描写に関してはこの本の巻末解説(池澤夏樹氏による)が素晴らしいのでそちらを読んでいただくとして、生徒さんにはこういうところにも小説の面白さがあるんだということを感じてもらえればと思います。
私の大好物である苦味…、コーヒーの苦みと同じで中高生はまだ読んでもつまらないかもしれませんが、私のようなおっさんおばさんになったときにでも読み返すとわかってもらえるかもしれませんね。
一番のおすすめは「スタンス・ドット」
この本に関しては本当に全編大好きなのですが、特に「スタンス・ドット」は何度読み直しても最高です。
誰にも知られることなく閉業する日のボーリング場。こんな舞台設定たまらんでしょう。
久々に味わった没入感でした。このボーリング場の細かな「使い込まれた道具」の描写はもちろんなのですが、このボーリング場自体がそもそも「使い込まれた道具」の美しさをガンガンに放っています。目の前に光景が浮かびすぎて頭のなかで勝手に映画化してしまいました(笑)
ボーリングはド素人なので、あの△が「スタンス・ドット」なんて名前だってことすら知らなかったのですが、「スタンス・ドット」が今年の”個人的”流行語大賞にノミネートです。
「スタンス・ドットは立ち位置を変えるためのものではなくて、それを変えないためのものなんだよ」
染みますね~。
短編集って、「そこで終わるかっ!」って感じでブチっと切られるのがまた良いんですよね。想像力を掻き立てるというか、余韻を残すというか、「続きはご自由に」って感じが。
さっき書いた「こたつに入って体がジンジンする」っていうのがまさにこの余韻なのでしょう。おかげさまで読んだ後はしばらくあのボーリング場、いや雪沼に心を置いてきてしまった感じです。
なかなかこたつから出られません(笑)
そろそろ受験シーズンも佳境を迎えます。
ノスタルジーに浸っていないで、受験生のみなさんは頑張らないといけませんが過去問演習をしっかりしておいて入試後疲れたら雪沼に行ってみては?私も疲れた時にはちょっと里帰り気分で雪沼に戻りたいなと。
てことで今回は個人的に大好きな本が紹介できました。(自己満足)
今日はこのへんで。
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