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【そいる父ちゃんの独り言】家庭の中心でマリオカートがしたいと叫ぶ

父ちゃんの独り言
そいる塾長
そいる塾長

どうも、そいる父ちゃんです。

本日は父ちゃんの独り言。以前結婚記念日で書いたのに続いて映画「グッドウィル・ハンティング」の名場面からちょっと感じたことをだらだら書いていたら最後我が家の中心で叫んでしまいました。本日も人の価値観はそれぞれ。ただ私が感じたことをそのままに。一応教育観につながるかもしれませんがどうでもいい話です。予めご了承下さい。

映画「グッドウィルハンティング」より

今回グッド・ウィル・ハンティングから紹介する最後の名言はチャッキー・サリヴァン(ベン・アフレック:右)が主人公ウィル(マット・デイモン:左)に言った名言。

たしか上の画像の場面で言ってたんじゃなかったっけかなと。

チャッキー
チャッキー

もしお前が20年後も工事現場でなんか働いてやがったら、俺がぶっ殺してやる。

もともとこの映画は主人公ウィル役のマット・デイモンがハーバード大学時代に授業の課題で書いていた脚本を、親友のチャッキー役であるベン・アフレックと共に2年の歳月をかけて完成させたものだそうです。

ちなみに、上のリンクした記事で紹介した、ウィルがハーバード大の学生をおちょくるシーン。

マット・デイモン自身がハーバードに在籍(中退)していたからこそできたイメージなんだろうなと思うとおもしろいですよね。

そうでなかったら、なんか僻みとか言われそうですし。

まあ、それはおいといてこのチャッキー。この映画の登場人物の中で一番かっこいい。こんな男になりたいし、こんな友人がいれば本当に幸せですよね。そう思わせてくれるちょっと乱暴な名言です。

「ぶっ殺すとか言っちゃダメ!」とかって、怒られそうですが。

クレヨンしんちゃん見せる見せない問題

 “言葉狩り”とまでは言えないかもしれませんが、ちょっと子供の使う言葉に大人が過剰に反応しすぎかなと。 「クレヨンしんちゃん見せる見せない問題」とかも同じ原理ですかね。

たしかに子供は何でも親を真似るので変な言葉使っていると子どもはすぐに真似します。
かくいう私も嫁さんにしょっちゅう叱られます^^;
あくまで大人が聞いて焦ってるだけで、その言葉に「やましい」感じがしているのは大人の方ですよね。

やつらは人前で使う際の社会的な文脈を理解してないし大人が焦っているのが面白いんですよね。

どうしてなんでも大人の枠にはめようとするのはどうなんでしょう。

大人になってもまだ「うん○」って言って喜んでる人見たことあります?

・・・うん、あるな。

まあ、そういう特別な感性の持ち主はおいといて、普通は成長とともに人前で使ってはいけないとかって学ぶでしょう。

子供は悪意をもってそんな下品な言葉を使うわけじゃない。でも子供は自分のアイコンのように考える親にとっては恐怖ですよね。ややこしい子の親はややこしい親だと思われる。そんな恐怖が大人を支配してるような。

キレイゴトはキレイジャナイ

しかしそもそもそんなに汚い言葉って問題あるんでしょうか。

いや、人を傷つけるような言葉絶対ダメですよ。万が一にもあってはいけない。差別用語なんてもってのほか。

それはなんでダメなのか、徹底的に分からせます。

でも誰も傷つけないものをそんなに厳しく制限するのってどうなんでしょう?

このシーンで「ぶっ殺す」以外に何か他にあります?「あなたは天才なの。いつまでもこんな非生産的でインテリジェンスのかけらもない仕事をダラダラとやっていてはいけません。こんな仕事はあなたにはふさわしくないのよ」とか言ったらよかったんですか?

感動が3%位になるわ。

「ぶっ殺す」

文字にして4文字。この4文字に全てが込められてるんですよ。この映画を見ている人ならこの4文字の後ろにでっかいハートマークが見えてるはずです。

それが見えないような読解力を身につけさせる方が問題なのでは?現実を顧みることもなく頭の中でのきれいごとだけで結論を出すのって、問題解決には結局クソの役にも立たない自称インテリの思考方法ではないかと。

あ、クソとか言っちゃだめですよね。(‘ω’)テヘペロ

しかしキレイゴトはやっぱり美しくない。

心配しなくてもチャッキーは誰もぶっ殺さないですよ(笑)

「クレヨンしんちゃん見せる見せない問題」もそうですが、正直、各家庭の価値観の話なのでどっちでもいいと思います。

間違いなくクレヨンしんちゃんだろうが、グッド・ウィル・ハンティングだろうが、別に見ても見なくても人生に大した影響なんてない。
でもね、見たことがないというのは経験したことがないということです。

経験したことがないものを、子どもたちは今後どうやって判断するんでしょう。もちろん自分で判断出来ないから親の判断をそのまま受け入れる。

こうやって親の価値観が埋め込まれた子供が出来上がります。
そりゃあ、劇薬はだめだとしても、その苦味くらいは知っておいたほうがいいんじゃないかなと思うんですよね。

「見せない」「触れさせない」という方法ははたして正しい教育なのか?

「クレヨンしんちゃん」はくだらないといえばくだらない。(映画版はまた違うんですが)

オススメです(笑)

だから見なくてもいいけど、「あんなもん見てるやつはバカよ」っていうバイアスがかかっちゃうのが怖いんです。

それは本人の判断ではなくあくまで親から刷り込まれたもの。これぞ偏見です。

だって自分が体験したことないんですから。

実際とある東大卒の政治コメンテーターが自分はNHK以外のテレビなんて見ずに育ったからテレビなんてくだらないとテレビで言っていました。

テレビで…。

いやお前…と突っ込みたくなるほどの矛盾した状況に驚きましたが、そもそもこの言説のいったいどこに論拠があるのか。

自分で気が付いていない時点でこの人の論説の高が知れると思っちゃうわけです。

なんで自分が体験したことがないものに価値がないと言いきれるのか。

くだらないんです。たしかに娯楽なんてぜ~んぶくだらないんです。スポーツでも芸術でも、なんか美化してるけど、結局なくても困らない。所詮娯楽。

だからこそ、楽しんだとしても、利はあってもそんなに害はないですよ。

だってそんなに大したものじゃないから。所詮くだらないものなんでしょ?

だからそんなくだらないもので、人生とか価値観とかまで変えられてしまうような変な子供に育たないように、大人が教育ってのをしないといけないんじゃないのかなって思うわけです。

見せる見せないかより大人がどうやって伝えるかが問題では

砂場遊びは汚いからやめなさいとか・・・。

砂場遊びを禁じる前に、手をちゃんと洗うことを教えたほうがよくないかい?

将来社会にでれば、砂場の砂や”しんちゃんのお尻”なんかよりずっと汚くて、目を多いたくなるような下品なモノにたくさん出会います。

そんな時、無菌室で育った子はどうするんだろうって。少なくとも、クレヨンしんちゃんを見て育った人が、将来人前でお尻を出すようになるわけではないですよね。

でも逆にそんな下品なアニメを見るはずもないような高級スーツでビシっと決めたエリートが、汚くて下品で目を覆いたくなるようなことを平気でやってたりしますしね。経験したことがないものにバイアスがかかるのは当然です。

いやバイアスなんてどうしたってかかるわけで。しかしそれと戦わないといけないしその戦う力を身に着けるのが教育だと思うんですよね。

こんだけ多様性とか叫ばれる中で、ほんとに今の無菌室にいれるような教育でいいのかな~と。

経験したことがないものを偉そうに語るのがキレイゴトの原理なのかなと。
子供に経験させて子供が自分で判断できるようにできれば最高ですね。

今日一番言いたかったこと

スマホやゲームね。

与えないのが親としての仕事か、与えたうえでトレーニングするのが親としての仕事か。

今日はこれが言いたかっただけなんです(;’∀’)

最初にこれを言えばよかったんですが、だらだら書いてたら長くなりました…。

無菌室で育てるのというのが、親が面倒を避けるためならやめた方がいいなと思って私は息子と全力でゲームします。

嫁さんに反対されているのでブログで書いたというわけです。

ですが私のブログをいつも読んでくれている皆さんならご存知ですよね。

そうです。

私の嫁は…私のブログを…長いから読まない。
今回は塾長ではなく一人の父として声を大にして叫びたい。
私は子どもとマリオカートがしたいんだ!
はい、タイトルをここで回収です。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

ということでとりあえず、タブレットのパズルゲームなんかでただいま絶賛トレーニング中です。

自分でコントロールできるように。ゲーム初体験日は泣き叫びましたが、なんか私と息子の間に妙な連帯感が生まれていい感じです。

頑張るのは子どもだけじゃなくて私もです。手は抜いちゃいかんですね。頑張ります。

最後にチャッキーのもう一つの名言

チャッキー
チャッキー

俺の一日の最高な瞬間を教えてやろうか?お前が家を出るのを待つ10秒間さ。ドアをノックしてお前が出てこないんじゃないかと思うこの瞬間が最高にわくわくするんだ。

毎日ウィルを車で迎えに行き、酒を飲んだり何か馬鹿をするのは楽しいけど、いつか迎えに来た時にウィルが出てこない日を待っているチャッキー。

ウィルを心から応援しているからこそ言える真の友だから言えた名言。

ここもチャッキーならではの言い回しですね。

この映画で思わずウルっときたのは、いつものようにチャッキーがウィルを車で迎えに来た最後のシーンです。

こうやって一歩引いたところから、相手のことを真剣に思いやるスタンスってなかなか真似出来ないですよね。

一人の親としても塾屋としても、こういうのをめざしていきたいなーって思います。

今日はこのへんで。

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