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進学塾ソイルができるまで(17)「部活とクラブ活動と私(前編)」

進学塾soilができるまで
そいる塾長
そいる塾長

どうも、そいる塾長です。

前回サッカーのお話を書いていて、実は途中から完全に脇道にそれてしまいそうになっておりました。その脇道がこちらです(笑)

日頃感じている部活やクラブに対する考えを整理して、自分の子どものことと同時に、自分の塾はそれとどう付き合っていくかを考えてみたいと思います。

部屋とYシャツと私(PV)

ちょっと書いてるうちに少年時代を思い出したので、90年代、平松愛理的な雰囲気漂うタイトルにしてみましたよ。それにしてもこういうタイトル(キャッチコピー)を考えられる人って天才やなーと思います。(どうでも良い感想)

脇道なのに本道よりも長くなったのでさらに小分けにします。今回は前編。こういう話って終わりがなくて沼になりがちですね。(気をつけよう。)

 

(続)子どもをどんなサッカークラブに通わせたい?

うちの子はとりあえず今はサッカーをやりたいって言ってます。これは幼稚園に来てくれる京都サンガの出張サッカー教室に月1回楽しく参加している影響かなと。

私も小2から高3までずっとサッカー一筋だったので子どもがサッカーやってくれたら嬉しいです。一緒に練習したりもできるし、試合の応援に行っても楽しいでしょう。

ですがここで問題が…。

私が子供の頃と違って、特に京都のような都会では強豪サッカークラブみたいなのがたくさんあって。でも、中学になってテストの前日も試合に行かなきゃいけないようなサッカークラブはどうもな…と。

かといってあまりお遊びみたいなサッカークラブに入れると、それはそれであとあと自分みたいな思いをさせてしまうかもという思いもありまして…。

それについて親として、そして塾屋としての立場から部活やクラブ活動との付き合い方についてのお話です。

 

ちょっと思い出話:キングカズの思い出

私がサッカーをし始めたのはまだJリーグもなかった時代。キングカズがブラジルから帰国した頃のお話。

そんな時代だったからこそ、あのキングカズが、うちのようなしがない田舎のサッカーチームの練習場(競馬場の芝生部分を使わせてもらっていた)を訪問してくれた。

翌日の市のサッカー協会が開催するサッカー教室に招かれていたから事前の挨拶みたいな感じで、当時市のサッカー協会の理事を務めていたうちのチームの代表に挨拶に来てくれたみたいで、ワイワイキャッキャしながら名前入りでサインとかもったけど、当時は正直どれだけすごい人かは知らなかった。

サインしてくださいって言って色紙とペンを渡したら、ペンにサインをするという子どもながらに引きつった笑いを見せてしまうようなボケをかましてもらったのを今でも強烈におぼえています(笑)

そんなうちのチームは週1回しか練習がない。当然弱小。上から3つ目のCリーグ。勝った試合のほうが少なかった気がする。小4の頃は2つ上の女子チームにフルボッコにされてたな(屈辱)

一応私はずっとエースみたいな感じで市の選抜チームとかに選ばれたりしたんだけど、そこで驚いたのが他チームとの違い。強いとこって週5とかで練習があったり、毎週練習試合してたりするわけです。

なんかずるいなーって幼心に思うのは当然。もっと練習すればもっと上手くなって試合にも勝てて楽しいだろうなと。サッカーが好きだったので毎日練習でも全く問題はなかった。でもそんな願い虚しく練習は週1回。練習試合も月1回あればいいところでした。

中学では部活でサッカーをしていましたが、これまた部活の顧問は全く練習には出てこない。職員室で頼み込んで練習試合を組んでもらっていました。小学校のときのもやもやは解消されなかった。

そして最後の高校。小中時代よりは強いメンバーが集まってはいましたが、なにせ進学校。限界はありました。

今となってはそれで良かったのだと思うのですが、全力で取り組めないもやもや感がずっとあったわけです。自分は全力で取り組みたくても色々なものがストッパーになって。

かといって強豪チームだったら、はたしてやっていけたのかなという思いもあるわけで。

前回も書いたわけですが、子どもにとっては勝つことが「目的」になってしまいがちなスポーツでは気をつけておかないと、なんのために部活をしているのか、いやそもそも学校に通っているのかわからなくなってしまいますよね。

親としてはそれが怖い。

私が子どもに経験してほしいなと思っていることは大きく分けて2つ。今日はこの話を。

 

①色々な経験を積ませるということ

私は部活肯定派なので、一生懸命好きなことに打ち込むのは良いとは思うのですが、やるべきことはやらないとな…とは思うんです。まずは色んな世界を見て欲しいなと。

例えば将来プロサッカー選手を目指している子であっても。つまり何かのスペシャリストになるのであってもです。

これはある意味では将来挫折したときのため。挫折することを前提にするのはどうかとも思うのですが、人間誰しも人生において何らかの挫折は経験するもんです。飛び抜けた一部の天才でもない限り。

いや天才でも同じなのかもしれない。自分にはどうしようもない世界があることを知っておくことは大切なのかもしれない。

しかし特にこれから多くの挫折を経験するであろう凡人こそ、色んな世界を見て自分の可能性を広げるとともに、自分の限界も知っておいて欲しい。

限界を知るというとなんか諦めぐせがついてしまいそうですがそういう意味ではありません。

なんでも世の中は自分中心で回っているわけではないということ。そして努力では越えられない壁があることを知ると同時に、その壁はある意味では努力でしか越えられないことも知って欲しい。

挫折したときのために他の道を用意しておこうというお話ではありません。あくまで価値観を広げておくためというのが近いのかもしれない。

勉強もそうだけど、恋愛とか友人関係とか、例えばゲームだってそう。色んなものを見ておいて欲しい。そして自分のなかで、「自分の判断」で優先順位をきっちりつられるようになって欲しい。

 

どこかの偉い(東大卒)の女性政治学者さんがテレビでおっしゃっていたのですが…

私は教育テレビ以外見ずに育てられた。だからくだらないテレビ番組なんて見なくても問題はない。

確かに、たくさん「くだらない」テレビ番組を見て育った私のような凡人でも、テレビなんて見なくてもまとまな人間に育つとは思いますよ。有害なものももしかしたらあるかもしれない。

でもね、なんでこの人は自分がみたこともない”くだらない”テレビ番組を、くだらないと評価できるのだろうということは気になってしまうわけです。

自分が経験したことがないから意味がない、自分が出来ないことには価値がないとしてしまう姿勢はよろしくないなと。少なくとも自分の子にはそんな人になってほしくないなと。

そういう大人多いじゃないですか(笑)

 

 

スマホ問題

スマホを買い与えたらダメになるから買い与えないのではなく、しっかり自分でコントロールできるようになってほしいという思いがあるんですよね。

スマホは確かに子どもにとっては依存させてしまうという点で薬物に似ている。では薬物なら与えてはいけないのか?

現代社会でスマホ(これからそれがどのような形・名称に変化したとしても)と距離をとって生きていくのは難しいわけで、さらに大人であればしっかりとコントロールできる人が多数。

となれば「用法用量を守って正しくお使いください」ということではないでしょうか。そんなこと偉そうに言われんでも分かっているわいと言われそうですが、結局は与える側の失敗なんですよね。

私の時代はそれがテレビやゲームだったわけですが、私はテレビも見たし、ゲームもした。もちろん親からはそのことで叱られたり、反抗もしたけどそれから学ぶことはあった。いや、ゲームやテレビから学んだという意味ではなく(そういう事もあったかもしれないが)、自分のなかで優先順位をつけることができたかなと。

やりたいことをするために、やらなければいけないことをしっかりとやる。

これを人から与えられた基準でやるのではなく、自分で基準自体をつくれる人になってほしい。

今の子達を見ていると、ゲームばかりして勉強しない、スマホばかり弄って勉強しない、なんてセリフは山程耳にします。

しかし何故かクラブや部活だと許されてしまっているですよね。

これも与える側の失敗ではないかと。

 

②一つのことに真摯に打ち込むということ

かといって「一つのことに真摯に打ち込むこと」を否定しているわけではなく、どちらかというとその大切さも知っているつもりです。

私は全国大会を目指す名門校の人たちほど真摯にサッカーに打ち込んだかと言われれば、軽々しく頷くことはできませんが、それでも自分なりには真摯な姿勢で部活には取り組んだ。

ただ全てを犠牲にしてまで打ち込んだわけではないということ。

将来プロサッカー選手になるなんて小学生のときまでしか思っていなかったし、全国大会へいきたいとも思っていなかった。

それは早い段階で自分の限界をわかっていたから。

さっき書いたような弱小チームでやっているだけでしたし、色んなストッパーがかかったのはもちろんだけど、自分の努力ではどうしようもない部分と、そして努力の難しさを知ったとでも言いましょうか…。

おそらく全国大会を目指しているような本気で部活やクラブに打ち込んでいる子たちはこの限界をもっともっと高いところに設定しているのかもしれませんね。

その限界点がプロだろうとそうでなかろうと。

実際、こういうハイレベルな世界であっても、ほとんどの子たちがどこかでプロになることなんて諦めているはず。上手くなれば上手くなるほど、強いチームに行けば強いチームに行くほどそれは明確になる。おそかれはやかれ自分の限界を知ることになる。これはもちろんスポーツだけのことじゃない。もちろん部活やクラブ活動だけの話でもない。

でもそこで見えてくる限界は、安易に自分の限界を設定し、諦め癖がついてしまっている人のものとは違うような気がするのです。

真摯に打ち込んだからこそ見えてくる限界。それを知ることが良い意味での「挫折」ではないだろうかと。

早く諦めたほうが傷口を広げなくて済む、なんていう考えも、現実的と言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、それでは得られないこともあるなと。

自分がサッカーで経験した「挫折」は些細なものですがそれでも良いものだったなと。その後の人生で、もちろん色んな挫折を経験したけれども、自分に対して持っている自信というものは、この挫折があったからこそなのかなとも思っているわけで。

もちろん挫折だけではなくそこに至る小さな「成功体験」の積み重ねがあってこその挫折なんですけどね。

この成功体験と挫折、この両方を子どもにはたくさん経験してほしいなと。

これは一生懸命何かに取り組めば取り組むほど良質な経験になるだろうなと思っています。

それ以外にも人間関係とか、規律とかそういうのも部活で学んだとは思いますし、幸せなことにブラック部活ではなかったので、押し付け強制のもと脳死状態でサッカーやってきたわけではなく、どちらかというと自分たちで運営してきたというのもあって、自分としては部活での経験は今にも生きているなと思います。

そいる塾長
そいる塾長

だから会社みたいな組織が苦手なんで独立するんですけどね(笑)

自分の子どもにも部活(部活でなくても自分が本気で打ち込めるものならなんでもいい)をやってほしいなとは思いますし、SOILも部活をやっている子がついてこれないような塾にはしたくない。

なんとか両立できるような仕組みを考えたいなと。

 

でもそもそも部活やクラブ活動は「やらないといけないもの」ではないのですよね。

自分なりに部活動やクラブ活動をやって学んだと思うことをつらつらと書いてみましたが、次回はそれを踏まえて部活動やクラブ活動の意味を考えていきたいと思います。もちろん勉強との関係も踏まえて。

 

ちょっと長くなったので、今日はこのへんで。

 

 

 

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