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そいる塾長の種まき勉強法「数学へとつながる算数のお話をしよう」

そいる塾長の種まき勉強法
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そいる塾長
そいる塾長

どうも、そいる塾長です。

 

勉強法のカテゴリーに入れてますがほぼ指導理念のお話です。完全に保護者様向けですのでその辺予めご了承下さい。

 

今日は算数と数学のお話。教えるのは得意な科目ですがなかなか勉強法となると言語化するのが難しい科目だなと。それであまりブログにはしてこなかったのですが、昨日Twitterで目にしたお話から影響されてやはり一度書いておこうと思った次第です。というかちょいと前に書いたのですが訳あってお蔵入りにしていた記事です。

どちらかというと勉強法というより指導理念になります。

このへんの指導理念を追求したいというのはSOILという塾をつくろうとおもったきっかけの一つですね。

 

今日は算数のお話

 

さて、数学のお話をする前にまずは算数から。すべては書ききれませんが特に小学生に算数を教える際、そして中学生に数学や理科を教えていて算数の基礎を入れ直す際に意識していることをいくつかご紹介します。

 

私が算数を教える上で大切にしていること

わり算について思う夜もある

ちょいと前、私はこんなことを呟いてたんですよね。

その翌日もこないだこんなことを呟いておりました。なべT@せつなさみだれうち先生へのリプでした。

すごく共感したんですよね。割り算への思い(笑)

実はこのタイミングでこの記事のほとんどを書いていました。ところが私の敬愛する某先生がツイッタランドに可燃性物質を投げ込んでくれちゃったおかげでビビって出せなかったという感じです(笑)

そんななか昨日これまたいつもお世話になっている個別指導セレッソ先生がこんなツイートを。

 


このツイートで紹介されていたのが…

私はまだ読んでいませんが買います(笑)

これぞ私の算数、そしてわり算への思いそのまんま。ここからの内容はまさにこのツイートでおっしゃっている通りです(笑)説明つくんですよ。公式暗記じゃないんですよ。わり算万歳なんですよ(それは言っていない)

ということで公開に踏み切りました(笑)

 

わり算について

私が小学生を指導するとなると早くて小4です。足し算引き算から教えることはありません。

だからという訳ではないのですが殆どの子がわり算を理解していない状態のまま塾で出会うこととなります。

わり算の計算方法はだいたい理解していますよ。

しかし「わる」ということがどういうことかを理解していないのです。

せいぜい「わる」=「分ける」で終わっているわけです。

だからこそ、分数や単位量あたりのお話につながらない。当然速度も同じです。

もっというならおうぎ形なんかのところでも関わって来る問題かなと。

具体的に言えばわり算というのは「1」あたりにするということです。

例えば5個で1000円とするとなると、一個はおいくら?

これがわり算ですね。これはみんな200円だとわかります。しかしこのように算数が苦手な子がすっと(考えることなくオートで)わり算を持ち出してくるには条件があります。

☑ わられる数 > わる数
☑ わり切れる数が用いられている
☑ 現象が容易にイメージできる

だからガリガリ君が税込108円でした。では税抜価格は?

と言われると中学生でも計算方法がわからない子が続出する。

これはわり算で出てくるのが「一個あたり」ということを本当の意味で理解していないからかと。

消費税は8%、つまりガリガリ君の0.08個分。だから税込価格はガリガリ君本体「1」個+消費税0.08個分の代金。あわせて1.08個分なわけですね。だから108円という税込価格を1.08個という個数で”われば”1個分の値段である100円が出てくるということです。

つまりわることで「1」あたりに戻せるわけです。

もちろんわり算は分けるイメージは当然必要なのですが、それとともに「1」に戻すとという感覚が欲しいのです。ここを本当に理解できれば単位量あたり(もちろん速度)や割合なんかの考え方の半分以上は完成かなと。

例えば中学のときに習う「変化の割合=yの増加量/xの増加量」という意味不明な公式の意味がわかるはずです。

(正直言うと初めて今の中学生の教科書でこの公式”みたいな”のを見てフリーズしました…)

こんなもん「変化の割合=xが増えるときにyがなんぼ増えるか」やんと思えなければわり算、そして分数をただの計算方法(語弊はあるかもしれませんが数遊び)としてしか捉えられていないものと思われます。

おうぎ形の面積の”公式”で出てくる「×中心角/360°」のところでも「なんで360でわるのか」なんて考えてもいないはずです。いやこれを”公式”と呼ぶから考えないのだと思うのです。

定期テスト見てたらこの公式暗記しろと言いながらこの公式では解けない問題を出しちゃう先生がいらっしゃったりしてなんてツンデレなんだろうと思ったわけです。

おうぎ形なんて比で考えれば簡単なはず。わざわざ理解不足のわり算が出てくる公式を暗記させるというのもなんだかなーと。いや分かっているなら比ではなく分数かけておしまいなんでそれこそ公式じゃないですしね。

 

 

分数(小数)との接続

どうしても初期のわり算の練習では、例えば「12÷4」みたいなのが多いので小さく分けるというイメージが染み付いている。そんな状態で分数に突入して急に「1を4で分ける」なんて言われてもなんのこっちゃわからんということです。

そのイメージを接続させないまま、分数というものは、わり算とは別個の「ナニカ」として頭にセットしている子がわんさかいる。これは中1方程式の「移項」(※注意:私は移項という言葉は使いたくない人です)のあたりを教えたことがある人ならばよく理解していただけるかと思います。

そしてこの分数が比の概念とも結びついていないのがなんとも。

比と言えば「なかとなか、そとはそと」みたいな中学の方程式のところで用いる計算式をおぼえているくらいなもので、自分で比を組めない。例えば理科の文章題で情報を抽出し比の関係式にできない。いやおそらくしようと思っていないのが近いかなと。

だから通分・約分にあれ程苦しむんだろうなと。

もちろん小数もです。分数と小数がつながっていないのもありますが、そもそも数としてラベリング出来ていないのではないのかなと。完全に整数とは別の「ナニカ」というフォルダに収納されている気がするんですよね。

例えば先程の1.08個という表現。このへんの違和感が解消されないまま数学に突入しちゃっているとしんどい。

やはり数学で最も大切なのは拡張・一般化・抽象化する能力かなと

算数から数学へと移り、それが加速するわけですが、最も大切な橋渡しをするのがこの分数と小数かなと思ったりもするわけですが、学校ではなかなか上手くいっていない印象なので、ここをもっと丁寧にやりたいんですよね。

どうしても「分数とは」みたいなのより何歳で分数の計算ができた!みたいなのに価値観おいちゃうじゃないですか、苦悶式とかだと。

だから保護者さんには分数の計算ができるかどうかの話じゃないということをご理解いただきたいし、その計算すらできないなんてのは本当にまずい状況だということを理解していただきたい。

そしてこの分数の理解が単位量あたり(速度)、そして割合へとつながっていきます。

 

 

単位量あたり(速度)・割合・比例など

「1」あたりという概念が希薄ですと、このへんの単元で困ることになるわけです。

タイトルのものは全て根幹は同じ。

お買い物に関する問題だと「1個の値段」というかたちで、日常的に「1個あたり」を意識しているためとっつきやすい。ところが速度の問題になると「速さ」という「1(/h、/m、/s)という単位量あたりで進む距離」自体に不慣れなので、どうしてもそこへお買い物で学んだ内容を拡張できないわけです。

当然割合も同じ。子どもたちがそもそも小数や分数を数として理解できていない状況で、それが「整数でしか表さない個数」とは接続していない。だから同じ計算方法だとは夢にも思っていない感じがするんですよね。

例えば「100円のものを3個買った」ならすっと掛け算をしても、「100円の8%」と言われるとそこに共通性を見いだせず、何か別個の事象として処理しているといった具合です。

それに何より100分率というこれまでの「1」という単位から「100」を基準とすることの違和感が消化できていないというのも当然あるとは思うのですが、本当の問題はそこじゃないと思うんですよね。

やはり小数や分数に直してからの処理が出来ていない。つまりは先程のわり算の話へと最終的は行き着く、というのが私の考え方です。

そしてこの辺が理解できないままこの単元を突き進むことで、どうしても最後にたどり着く行き先が「みはじ」なんですよね。

 

禁断のテーマ「み・は・じ」に踏み込む

 

とりあえず、この「みはじ」、速度に関する問題を”計算”するときには便利な道具です。

一昔前までは、学校の算数がわからなくなった子たちに塾の先生が「必殺技」や「裏技」として教え、学校の先生から叱られていた指導法。

時代は流れ、今や逆。学校の先生が全員に教え、塾の先生がそれを抜くというおかしな状況も見られます。

私の「みはじ」指導に対する態度は後にまわすとしても、私が言うまでもなくこれは速度の理解とは何の関係もないものであるのは明確です。

計算方法を図示してそこに代入することにより答えが出る便利な道具。それ以上でもそれ以下でもない。

言うならば計算機に「税込」や「税抜」みたいなボタンがあってそれを押すと消費税込みの値段になったり抜きの値段になったりするようなもの。(今どきそんなレジはないのか?笑)

スーパーのレジでこのボタンを押し続けても割合は理解できないのと同じ。つまり計算はできる=答えは出せるが、その理解には及ばないため、応用や、高校での数学(特に化学で顕著)で躓く原因となる。…とよく言われます。

しかし私的にはそれ以上に問題となることがあると思うんですよね。

それはこの段のタイトル「単位量あたり(速度)・割合・比例など」これって全部連続して教科書にでてくるわけです。

つまりそこには連続性、共通性があるというわけです。つまり知識を拡張して一般化して捉えていくべきだと教科書は言っているわけです。(と、私は思っているんですが違います?)

しかし先程お話したように「みはじ」では割合や比例には拡張出来ません。

拡張?という意味では割合には「くもわ」がありますとおっしゃるかもしれません。たしかに同じテントウムシをつかって文字を変えるだけで使えます。

しかしそれは結果としての計算方法が共通ということであり、その根底になる概念に共通性を見いだせていない以上拡張とは言えません。その証拠に理科の圧力なんかで簡単に詰む。理科の先生の中にはこういうものにも新種のテントウムシ(「チカラ・ア・メ」とかいうらしい)を与えて計算させる先生もいらっしゃるようですが、結局拡張できていないため別の図を使っている。

これって結局分断しているだけなんですよね。

現に同じ図=同じ計算方法であるのにもかかわらず、そこに共通性を見出している生徒は少ない、というかいない。あくまで子どもたちにとって全くの別問題、別単元なんですよ。

先程書いた一般化や抽象化という能力を中学で身につけて置かなければ先はありません。そして将来数学を必要としない人こそ求められるのはこの「一般化や抽象化」の能力だと思うのです。

数学的な考え方ができるようにというとき、それは論理的思考なんて言葉でくくられると思うのですが、具体的現象を数式で抽象化したり、抽象的な現象を数式で具体化したりといった感じです。

これができない子が高校になってチャートを何周!とか言って頑張るも何周しても全く伸びないような子になるんだろうなと。(そこまで到達しない子がほとんどだよという子が聞こえてきますが)問題ごとの共通性に意識が向かず一問一問丸暗記。ちょっと変わると解けません。忘れたら解けません。何周するとかじゃないよねっていうのはそういうとこ。

この辺は、数学の専門の方から言えば「何言っとるねん!?」と思われるのかもしれませんが、文系である私が数学が好きになり、得意になり、そして文系科目を学ぶ際にも役立った数学的な考え方というのはこういうことなんですよね。

 

 

わたしの「みはじ」に対する考え方

この呪文を唱えるとTwitterが燃える!と言われる禁じられた魔法、それが「みはじ」(笑)

先程もご紹介した某先生の最近の記事(本当はリンクを貼ろうと思いましたがやめておきました笑)は可燃性が高く、Twitterがかなり賑わっておりましたね。

先程も書いたとおりこれが少し算数の記事をずらした理由です(笑)

個人的にはこの辺は塾だとどういった層を指導しているかによって変わってくるとは思います。

だから某先生の考え方には私も賛同する部分もあり、賛同できない部分もあります。某先生ではなくツイッタランドが怖いのであのときは触れませんでしたが、今日は算数のお話をする上で避けては通れないと思ったので覚悟を決めて私の「みはじ」に対する考え方だけは整理しておきたいと考えております。(そこまでツイッタランドは怖くない笑)

結論から言うと私が「みはじ」を指導するとしたら最後の手段という感じでしょうか。

基本的には私は「みはじ」を用いての指導はしません。

この「基本的に」とかが自分でもずるいなーと(笑)

今では殆どの子がこれを学校で習ってきてしまいます。だからこそ最初(小学校の間)にしっかり仕込めなかった子たち(または途中で軌道修正してしまった子たち)には「みはじ」使いの子たちが躓くポイントが来るたびに修正をかけるようにします。

躓いたときこそチャンスです。幸運なことに私は小学~高校まで教えます。だから小学校の先生や、中学校の先生とは異なり、その後どうなったか、どうなるかが見えます。

躓きポイントがくるたびに「みはじ」の害が目についてしまう分、修正をかけるチャンスも多い。子どもたちも困らないなら一度馴染んでしまったこの便利な道具を手放そうとは思いません。だから躓くたびにしつこくしつこくやっていくしかありませんね。

だからこそできれば小学生からちゃんと仕込みたい。そんなんテントウムシいらんやろ?って子を量産したい。理解できてしまえばまず間違いなくテントウムシはいらない。私の人生では小中高と周りでテントウムシを使っていた子はいなかった。少なくとも東大京大を受けるような声テントウムシなんて使うわけがないです。

しかしこれはあくまで理想。それはその子が「かしこいからだ(訳:理解できる下地があるからだ)」と言われてしまえばそれまでです。実際そうなんです。

それが今日お話したようなところが意識しているかは別にして理解できているかどうかです。

個別指導塾が長かったせいか、どうしても無理…っていう子をたくさん見てきた。私の力不足の面は否めないですが、それでも仕込むにはもうすでにタイムオーバーな子たち。

自分の求めるもののために「意地でもうちの塾では教えない、使わせない。それで点数が上がらないなら仕方がない。いやならうちの塾をやめて『みはじ』を教えてくれる塾へ行け!」はいやなんです。

だってそれなら私がみはじを私が教えたほうが良い(やっぱりちょっとずるい笑)

「えー、SOILの先生『みはじ』知らんのちゃう?さては素人やな」とか転塾先で言われたら発狂します。出るとこ出ます(笑)

こういうの嫌じゃないですか!?指導で「みはじ」を使うことは自分もあるけれど、「みはじ」の何がダメなのかを理解しないまま、さぞすごいことを教えているかのように教えちゃってる先生は違うなと。成長を阻害してどうするねんと。だから小学校なんかでクラス一括での「みはじ」指導は子どもたちのチャンスを奪う愚行だと考えています。

つまり「みはじ」のなにがあかんのん?的な態度の先生は正直ダメだと思います。勉強不足。

ですがその弊害を理解しながら理想と現実の間で戦っている先生が世の中にはいっぱいいる。相手とする生徒層が違うんです。戦場が違えば戦い方は変わると思うんですよ。

Twitterでも「後で理解させれば良い」とおっしゃっている小学校の先生がいらっしゃいました。

たしかにそうです。某先生もその考えですし、私もそうする場合があると言ったわけです。

ですがそれは自己責任でやるから言っていいわけです。ご自身は便利な道具を与えるだけで、本質的な理解は後ほど別のものが担当します、なんて仕事しちゃダメでしょ?とも思うのです(^_^;)

「みはじ」に一番怒っているのは高校の化学の先生だなんて言われます。なんで比の計算出来ひんねん!なんで単位量あたりが理解できてないねんと。高校の先生が教えるんですか?まじですか?と。

だから私はできる限り全力で最初からこの単元を私のやり方で教えます。しかしそれでもどうしても理解ができない、そして明日がテストとなったらそっとささやくかもしれません…「み・は・じ」と。それを0にできる日を目指してやりますよ。

ただし私は絶対に「みはじ」を「必殺技」とか「裏技」なんて呼び方にはしない。「あなたは理解出来ていないから仕方なく使いなさい。私はこれが嫌いだ」としか言えない。

それで点数を取らせるなんて邪道!と批難されてもかまいません!テストの点数はいる!それがなけりゃ後々理解したとしても意味がなくなってしまうシステムが入試にある以上何言われても点数は取らせる。(ずるい)

「みはじ」をもし教えるとすれば私にとっては妥協。点数を取らせるための妥協

でもそれでは後々模試で上位は取れないし、高校で理系はおろか難関大なんて到底無理だし、そもそも私が身につけて欲しい数学的な能力が身につかないならば数学を教える意味もない。そういうのも妥協だと思います。

だから「みはじ」の何がダメなのかは言い続けます。

 

生徒用の記事ではないですよ

やはりちょっと抽象的な内容になってしまいました。もともと小学や中学の勉強法は生徒本人に向けては書いていません。どちらかというと保護者さん向けです(笑)

流石にこれを生徒に読めとは言いませんよ。自分の生徒には生徒用にリライトしたものを渡しますのでご心配なく。

それでも今回はちっとも勉強法のお話にはならず、最初から最後まで私の指導理念になってしまいました。数学や国語ってブログで勉強法を書くのが難しいんです。得意科目なのに。教えるように書けない。なんででしょうね(^_^;)

これを機に数学の勉強法も少しずつ書いていけたら良いなと思っております。

 

 

今日はこのへんで。

 

 

 

 

 

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